おしるこに隠されていた驚愕な真実とは?

 

甘党の人が食べたくなる甘味の1つに、おしるこが挙げられます。
小豆を柔らかく煮て砂糖で甘味を付け、お餅や団子などを入れて食べる汁物ですが、甘党の人の欲求を満たす、どっしりとした甘味であることが特徴であります。
老若男女が食べている、一般的なおしるこについて色々調べていったところ、驚くべき事実や歴史を知ることになりました。

続きはご覧いただくとしまして、起源のおしるこは現在のものとは全く異なるものとなっており、あまりの違いに驚かれること間違いないと確信します。
おしるこに隠された真実を皆様と共有したいと思います。

 

 

おしるこの起源は「すすり団子」という料理で塩味だった

 

 

いきなり答えを語ってしまいますが、おしるこの起源は江戸時代に誕生した「すすり団子」という料理であることが文献に残されております。

すすり団子は、もち米とうるち米を混ぜ合わせて作った餅で、小豆を粉にした汁で煮て塩味をつけたものに、当時は貴重で高級品であった「白砂糖」をふりかけた団子汁だったそうです。
当時、すすり団子は甘味として食べたのではなく、お酒を楽しむ際の肴(さかな)だったようです。
塩味でしょっぱかったのがおしるこの起源なのです。
(出典:「古典料理の研究(八):寛永十三年「料理物語」について」著: 松下幸子 他多数 )

 

現在のおしること比べると、全く正反対な性質であった事実に驚きます。砂糖をふりかけた団子汁がおしるこの起源であることは、普通は想像できないですし、小豆がしょっぱいというのもイメージがつきにくい。想定を大きく超えた真実にびっくりするしかありません。

当時のすすり団子から、現在の甘いおしるこに変遷していくわけですが、変わっていく歴史は文献には残っていないようで、過程や理由は不明のままです。
おしるこに塩を入れて甘みを引き出す手法が現在にありますが、すすり団子の塩味からヒントを得たのかもしれないと思うと、伝統が受け継がれているようにも見えて面白いと感じました。

 

芥川龍之介などの文豪もおしるこが大好きだった

 

「羅生門」などで有名な、文豪である芥川龍之介(1892年〜1927年)もおしるこが大好きだったようです。芥川龍之介全集の中の「しるこ」という文で思いを語っています。
本当におしるこ好きだったと分かる部分を抜粋してご紹介致します。
久保田万太郎君の「しるこ」のことを書いてゐるのを見、僕もまた「しるこ」のことを書いて見たい欲望を感じた。

「しるこ」は西洋料理や支那料理と一緒に、東京の「しるこ」を第一としてゐる。(或いは「してゐた」と言いはなければならぬ。)しかもまだ紅毛人たちは「しるこ」の味を知ってゐない。もし一度知ったとすれば、「しるこ」もまた或いは麻雀戲のやうに世界を風靡しないとも限らないのである。

あの逞しいムツソリニも一椀の「しるこ」を啜すゝりながら、天下の大勢を考へてゐるのは兎に角想像するだけでも愉快であらう。
(出典:芥川龍之介全集 第9巻 岩波文庫)

 

西洋料理や支那料理(中国・中華料理)と同等の価値がおしるこにあると言ったり、世界を風靡するかもと、おしるこについて熱く語っているのが印象的ですね。

文中に出てくる久保田万太郎(1889年〜1963年)も文豪で、芥川龍之介と同様におしるこのことを別の視点から熱く語っていました。長くなるので掲載はしませんが、おしるこが本当に好きで好きでたまらないと、強いメッセージで伝わってきました。
興味があれば是非調べてみて下さい。

明治時代〜大正時代は甘いものが少ない時代だったようなので、おしるこのような強烈な甘味は、色んな人を虜にさせてきたと容易に想像できます。当時のおしるこはどんなものだったのか、気になります・・・

現在のおしるこは、地方によって具材を変えたり、バリエーションも増えてさらに進化し続けております。おしるこの根幹である小豆も、品種改良を続けてどんどんバージョンアップしているので、現在のものが一番美味しいことは想像に難くありません。

都内にもおしるこを出す老舗がたくさんあります。もちろん、有楽町や銀座にも。今後、個性的で美味しいおしるこが見つかったら、皆様にご紹介いたしますのでお楽しみに。

 

平原 幹也(ミッキー)
スイーツ系を中心としたグルメブログを運営。
和洋問わず甘いものに夢中なスイーツ男子で、日本スイーツ協会認定の
スイーツコンシェルジュでもある。
ワインやお酒も好きで絶賛研究中。
皆様に満足戴ける美味しい情報を発信いたします。

Twitter→https://twitter.com/micky19750930
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串団子のだんごの数はなぜ違う?隠された歴史を紐解く

和菓子の中でお手軽に食べられる串団子。しょうゆ味のみたらしやあんこやヨモギなど、バリエーション豊富な味わいが実に魅力的な串団子は色んな人を魅了してきました。

今回は串団子についてコラムを書いていきますが、串に刺さってる団子の数が違うことに注目しまして、調べてみたらきわめて興味深い内容にたどり着きました。

団子の数の違いには、隠された歴史や意味が存在していることが分かりましたので、マニアックな視点ではありますが皆様にお伝えしたいと思います。

「だんご3兄弟」という童謡がかつて流行りましたが、串団子といった時に、串に何個の団子が刺さっていると思い浮かべますか。
最近は4つが多いように思われますが、関西では5つの串団子もありますし、3つや2つの場合もあります。

串団子の数の違いは何なのか、続きをどうぞご覧ください。

 

串団子の起源は下鴨神社のお供え物の御手洗団子とされている

 

まずは、串団子の起源をたどっていきます。
串に刺す団子が存在していた最古の記録は、京都にある下鴨神社で御手洗(みたらし)祭の時、神前に供えた物だと言われています。

ちなみに、当時の団子は現在のような上新粉で作られた物ではなく、どんぐりなどの木の実を粉にして練った物だそうですから、食感も固めでアクもあり、甘みに乏しかったのだろうと想像できます。

お供えされた串団子は、小さい団子を竹串の先に1つ、少し間を置いて4つ続けて刺した串(いわゆる5つ刺し)が扇形に10本並び、団子が全部で50個ついていたそうです。

お供えした後は家に持ち帰り、厄除けのために火であぶって、醤油をかけて食べたものが、御手洗祭から名前をとって「みたらし団子」の誕生となったわけです。同時に5つ刺しの団子の起源にもなっています。
(出典:「日本一の団子」 サライ編集部・本多由紀子編)

京都は歴史ある和菓子の宝庫でありますが、みたらし団子も京都が発祥だったとは実に興味深いです。

 

5つ刺しの団子は関西圏に根強く残っている

 

京都で生まれた串団子は、先ほども説明致しましたが、1本の串に5つ刺さっていました。団子が美味しかったからでしょうか、たちまち大人気となり、5つ刺しが全国に広まっていきました。

後に関東地区などで、5つ刺しから4つ刺し、3つ刺しなどに変化していきますが、京都を中心とした関西地区では、今もなお5つ刺しの串団子が多く存在しております。

団子自体の味わいは時を経て、上新粉を使うようになったり、醤油やあんこなど進化を遂げて現在に至りますが、5つ刺しの文化は変わることなく確実に受け継がれています。

 

4つ刺しの団子は関東圏で生まれた


一方で4つ刺しの団子についても、生まれた理由や歴史がありました。

江戸時代には串団子は5つ刺しが主流となっており、1本あたり5文(江戸時代の貨幣単位:1文は約25円)で販売されておりました。

しかし、1756年頃に4文銭が鋳造され流通すると、混雑のお店で4文銭1枚しか払わずに、5つ刺しの団子を食べるという不正をする客が増えてしまい、困ったお店が苦肉の策で団子の数を4つにした、という記録が残っていました。
(出典:江戸物価辞典 著書 小野武雄)
その後は、4つ刺しも全国に広まっていき、関東地区以外でも見られるようになりました。

文化的な理由の5つ刺し、商売的な理由の4つ刺しという対比があるのも面白いですね。

 

団子の数の違いに故郷を思い、感じる

5つ刺しと4つ刺しの団子の違いを、故郷に重ねて感慨深く記した江戸時代のグルメ日記がありました。

江戸歌舞伎の名優、三代目中村仲蔵(1809年~86年)が大阪で公演を終えて江戸に戻り、茶店で団子を食べた時に、「これまでは団子五ツざしなり。ここに至って江戸前になりしを嬉しく」と思ったそう。
そして「四ツざしの団子尊き桜かな」という句を残します。
(出典:手前味噌 著 中村仲蔵、和菓子を愛した人たち 虎屋文庫)

江戸時代の串団子は関西では5つ刺しで江戸が4つ刺しだったと明確に分かりますし、仲蔵にとって江戸が故郷であり、4つ刺しの串団子で郷愁を感じ、美味しく尊いものであるとまで断言しています。

団子の数の違いで故郷を思い、感じる。何とも心が温まる素敵な日記ではありませんか。
串団子にこのような素敵な歴史が刻まれているとは感慨深いですね。

皆様の身近にある串団子を食べてみて、歴史などを紐解いていくと、新たな物語が見つかるかもしれません。

有楽町や銀座界隈にも、団子にまつわるストーリーがあれば、今後探求していきたいと思います。

 

 

平原 幹也(ミッキー)
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スイーツ男子コラム「パフェとサンデーの違い」知ってる?

 

 

 

スイーツのカテゴリで人気な「パフェ」や「サンデー」。見た目も美しいし、フルーツやアイス、シャーベットなどの味わいが総合的に楽しめて満足できる、スイーツ好きにはたまらない一品。
パフェとサンデーの違いをご存知でしょうか?

今回はコラムとして、パフェとサンデーの違いや歴史を、マニア的な観点から語っていきたいと思います。

 

パフェの由来・歴史

パフェとはフランスで作られた、アイスクリームや果物・ソースなどをお皿に盛り付けた氷菓である「パルフェ:parfait(フランス語で完璧なデザートの意味)」が発祥と言われています。語源は諸説ありますが、フランス語の「パルフェ」を英語読みした説が有力のようです。

 

 

フランスで生まれたパフェは、このようにお皿に盛られたデザートで、現在の日本で見るパフェとは異なることに驚きます。

日本にパフェが伝わったのは明治時代と言われており、当時はフランスのパルフェと同じものだったそうです。しかし、独自の進化を経て、細長い器にアイスなどの層を織りなし、フルーツを盛り付けたフォトジェニックな形となりました。

パフェの進化を調べてみたらあることに気づきました。
フランス料理の調理法「ヴェリーヌ」をパフェに採用していることです。ヴェリーヌとは料理を透明な容器に、垂直に重ねて層を作ることで、見た目と味に変化を付ける画期的な調理法です。

フィリップ・コンティシーニさんという、フランスの名パティシエが1990年代にスイーツに取り入れたのが最初と言われているので、現在のパフェの形になったのもこの時期ということになります。
(出典:ル・グラン 「ラルース・ガストロノミック」 ラルース出版)

日本で食べられている、細長く層を成しているパフェはフランスにはありません。
よって、フランスで生まれたパフェが、異国の地日本で、フランスの技法を使って進化したということになります。
日本とフランスのタッグで生まれたパフェ、何とも面白いですね。

 

サンデーの由来・歴史

一方、サンデーとは、アメリカで作られた、小さな容器にアイスクリームにフルーツやナッツ・チョコレートなどをトッピングしたものが発祥と言われています。材料はパフェとほとんど変わらないです。

 

 

1892年にニューヨーク州イサカで、アイスクリームにチェリーのソースやシロップ漬けを乗せたものを「チェリーサンデー」と名付けた記録があります。日曜日に売っていたから「サンデー」の名称が付いたなどの諸説もありますが、断定にはいたっておりません。
(出典:ローラ・ワイス 竹田円訳 「アイスクリームの歴史物語」 原書房)

 

サンデーのことを調べていくと、パフェとは違い、日本に入ってきた経緯や進化などはっきりせず、謎のベールに包まれていることが分かりました。そんな状態にもかかわらず、日本にはサンデーが存在している事実、実に不思議です。

分かっているのは、パフェとほぼ同じ材料で、アメリカ生まれなのがサンデーということぐらい。
今後、サンデーについて新たに分かったことがありましたら皆様にお知らせしたいと思います。

 

日本におけるパフェとサンデーの違い

 

 

パフェとサンデーは日本ではどちらも食べることが出来ますが、どのような違いがあるか調べてみました。

結論から言いますと、日本ではパフェとサンデーの違い・境目はなく、お店や個人の判断でパフェやサンデーと分けている傾向が見られました。

実際に確認したところ、細長い容器に入れたものがパフェ、小さい容器に入ってるのがサンデーと分けているお店(ファミリーレストランのジョナサンなど)がありました。しかし、反対に小さい容器のものをパフェと呼ぶお店(フルーツパーラーフクナガなど)もありましたので、容器の差では違いが分からないことになります。

具材の観点からも、パフェとサンデーに大きな差はないので、違いを分ける要素にはなりえません。
パフェとサンデー、どっちがどっちなのか分からなくなってしまいました。

 

敢えて言うなら、パフェとサンデーの違いは、呼び名の違いや発祥の地の違いだけということになります。
パフェとサンデーを両方受け入れた、日本ゆえのジレンマがあいまいな結論を導いてしまったのかもしれません。

しかしながら、パフェもサンデーも各々の思いで楽しむことが出来れば良いのではないでしょうか。
どちらも魅力的で美味しいものですから。
有楽町・銀座周辺には、ピエール・マルコリーニさんや資生堂パーラーさんなど、美味しいパフェやサンデーが沢山あります。

今後記事にして参りますのでお楽しみに。

 

平原 幹也(ミッキー)
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「宗家 源吉兆庵 銀座本店」マスカットや白桃を丸ごと使った美味しい和菓子

 

銀座には和菓子店が数多く存在しますが、その中でも近代的で斬新的な和菓子を作るお店をご存知でしょうか。

答えは宗家 源吉兆庵 銀座本店(以下、源吉兆庵)さん。スイーツ男子はもちろんのこと、女性ウケもする見た目も味わいも申し分ない、オススメの和菓子をご紹介したいと思います。

 

 

源吉兆庵さんは銀座7丁目の銀座中央通り沿いに店舗を構えています。

店内は明るくて落ち着いた空間。美味しそうな和菓子が並んでいました。

 

斬新な和菓子をご紹介する前に、源吉兆庵のスタッフの方(銀座本店 店長 、中原様)からお話を聞くことができましたので、ご紹介します。

 

源吉兆庵の代表商品「果実菓子 自然シリーズ」が誕生したきっかけ

 

源吉兆庵は1946年に岡山県で菓子製造販売を開始したところから歴史が始まります。1977年に株式会社 源吉兆庵が設立した後は、和菓子にとどまらずに、洋菓子や日本料理などの店舗もオープンしています。

日本各地だけでなく、海外8か国39店舗(2017年7月現在)にも店舗があるワールドワイドな和菓子店です。

和菓子店としては新しい源吉兆庵が、「皆様に認められる和菓子を作るには?」を考えた時に、創業の地である岡山県の特産品の果実(マスカット オブ アレキサンドリア)を使った和菓子を作ってみようという発想になったそうです。

マスカットを使うお菓子といえば、ゼリーなど果実のかたちを変えたものばかりでした。同じものを作っても差別化できないと考え、果実を丸ごと使った和菓子を作ろうということになりました。現在では、マスカットの他に、さくらんぼや白桃、干柿など、その季節にあわせて果実を変えて作られています。

当時は果実を使った和菓子はほとんどなかったため、開発には多大なご苦労があったようですが、見た目も味わいも斬新的な「果実菓子 自然シリーズ」がこの世に誕生することになりました。

 

菓子を作る上での取り組みや心がけていること

 

和菓子に限らないですが、お客様の口の中に入るものを作っているので「安全・安心」を第一に考えています。社内に品質保証部を設置し、品質管理に取組み、「安全・安心」を徹底しています。

また、3年前からですが、岡山の自社農園で栽培したマスカットを使って和菓子を作る試みを実施しています。工場も岡山や鳥取にあり、餡の生産からお菓子の製造まで、ほぼ全ての工程を自社で行なっています。

これからも、「安全・安心」をベースに、お客様に喜んでもらえる和菓子を展開していきたいとのことでした。

では、いよいよ、オススメの和菓子をご紹介致しますね。

 

陸乃宝珠(りくのほうじゅ)

 

源吉兆庵といえば、陸乃宝珠と言っても過言ではありません。

岡山県の名産である「マスカット オブ アレキサンドリア」を丸ごと1粒使った和菓子です。

アレキサンドリアを求肥で包み込み、外側には砂糖がかかっています。

 

アレキサンドリアは和菓子に合うように特別に育てられたもので、糖度や粒の大きさの規定をクリアしたものだけを使用。
断面が瑞々しくてとても綺麗ですね。

噛み締めると口中でマスカットの果汁がジュワッと広がり、さわやかな風味を感じます。求肥のモチっとした食感と甘みが果実と合わさると実に面白く、上品な味わいに昇華していく。果実をダイレクトに感じる和菓子は珍しく、虜になってしまいました。

陸乃宝珠は5月上旬から9月中旬までの期間限定発売です。

 

桃泉果(とうせんか)

 

 

桃泉果は、白桃を丸ごと使った和菓子。可愛らしい包装なので思わず撮影。


外側も白桃のゼリーとなっていて繊細なので、取り出すときは崩れないようにご注意を。

 

これだけ見たら普通のゼリーにしか見えませんよね。しかし・・・・

 

半分に切ると、中には白桃がびっしりと詰まっています。

ゼリーの中には丸ごとの白桃が1つ入っているのです。プルプルと繊細に震えるゼリーは、まるで赤ちゃんの肌のような弾力です。

 

中の白桃は瑞々しく程よく柔らかい。噛み締めるごとに上品に甘い果汁が口中に広がります。周りのゼリーのつるんとした食感と程よい甘みが、白桃の甘みを更に引き立てていました。

 

白桃を単体で食べるより桃の甘み、美味しさを感じる完成度の高い、素晴らしい和菓子でした。

桃泉果は5月上旬から8月中旬までの期間限定(売り切れ次第終了)となります。

 

果実を丸ごと使った和菓子はとても斬新で、見た目も麗しく、お持たせにはもってこいかと思います。今回はマスカットと白桃でしたが、季節ごとの果実を使った「果実菓子」にも注目したいです。

 

 

 

平原 幹也(ミッキー)
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知ってた?「本物のわらび餅」を見分ける2つの方法

 

今回は、いろんなところで販売されている定番の和菓子「わらび餅」について語ってみたいと思います。わらび餅には厳密に言って本物とそうでないものがあるって知ってますか?
本物のわらび餅は流通が少なく貴重なものであり、味わいは格別です。

皆様に本物のわらび餅を食べていただきたいので特別に見分ける方法を教えましょう。

 

蕨粉から作られるのが本来のわらび餅である

 

わらび餅のルーツを探っていくと、戦国時代まで遡ります。
当時の連歌師であった、谷宗牧(生まれ年不明〜1545年)が書いた「東国紀行」に日坂宿(東海道五十三次の25番目の宿で静岡県にあります)で食べたわらび餅に舌鼓を打った旨の歌が詠まれています。

 年たけて又くふべしと思ひきや 蕨もちも命なりけり

わらび餅をまた食べるべしとは、よほど美味しかったのかと思います。

日坂で作られていたわらび餅がルーツで、蕨の根から取れるデンプンに水を混ぜて煉って出来たものが本来のわらび餅と言われております。

しかし、日坂のわらび餅が全国的な人気になると、少量しか採れない蕨の根だけで作るのが難しくなってしまいます。江戸時代に入ると、蕨粉に葛粉を混ぜて蒸したものに、塩味のきな粉をかけたものがわらび餅と言われるようになったそうです。現代のわらび餅も、葛粉を混ぜて作られてるのがほとんどです。

日本で出回っているわらび餅は、本来の製法で作られたものは少なく、葛粉が入ったわらび餅も実はそんなに多くはありません。悲しいことに、蕨粉が全く入っていないデンプンだけで作られたわらび餅がほとんどを占めているのが現状です。

本物のわらび餅はぷるんと弾力があるものの、軽く噛むとすぐに解けて、爽快感とほんのり上品な甘さが口の中に広がる性質を持っています。デンプンだけで作られた単調で味がしないものと比べると差が顕著であります。

いろんなわらび餅がある中で本物(あるいは本物に近い)のわらび餅を見分ける2つの方法があるのです。

 

わらび餅の色が黒や茶色に近いほど本物である

 

本物の蕨粉は黒っぽい茶色で、この写真のように色が濃いほど蕨粉を多く使われており、本物の度合いに近づきます。

 

わらび餅は本来、春に作られるものである


最近のわらび餅は年中販売されているイメージがありますが、わらび餅は本来春に作られる季節ものの和菓子です。

冬に採取される蕨の根から蕨粉が作られますが、実はかなりの手間がかかるため、冬に仕込んで春に出来上がるほど。日持ちがしないため、ちょうど出来上がるのが春だと言われています。

よって、春のシーズンにしか作っていないわらび餅があったとすれば、かつての製法を守っていることになるので、本物の証になる可能性があります。
色と季節が本物のわらび餅を見分ける要素です。

 

和菓子に限らず、旬や素材を大切にしている食べ物は素晴らしく美味しいです。
本物のわらび餅を有楽町界隈で探してみましたが、今のところ出会えておりません。いつか出現するのを楽しみに待ちつつ、ご紹介できれば幸いです。

 

平原 幹也(ミッキー)
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【スイーツ男子コラム】老舗の「和菓子」を食べたら衝撃を受けたお話

 

今回はコラムとして、和菓子について語ってみたいと思います。

和菓子に対するイメージ、皆様はどのように持っておりますでしょうか。
・見た目が地味、オシャレじゃない
・あんこがとても甘くて上品でない
・若者ウケしない
などなど、ネガティヴな見解をする人がいるかもしれません。

しかし、これらのように結論づけて良いものでしょうか。
いやいや、良き和菓子に出会ってから結論づけて欲しいものです。

良き和菓子とは何か、答えは個人差ありますが、真の回答に近いのが「上菓子(じょうがし)」であると私は考えます。
上菓子に出会えば、和菓子に対する見識が間違いなく変わると思います。

 

「上菓子」とはどんなもの?

上菓子とは宮中や公家・茶家(家元)に納めたり、お祝いのためにあつらえたりする献上菓子のことを言います。普段食べる和菓子とは区別されている特別な和菓子なのです。
かつては一般庶民が食べることができない上菓子でしたが、今では一部を除いては誰でもありつくことができるようになりました。

上菓子は一部の工程を除いては全て手作り。手法は色々ありますが職人たちが魂を削って一品一品和菓子という作品を世に送り出していることには変わりがなく、畏敬の念を抱かずにはいられません。

上菓子を扱っているお店は数十年〜数百年続いている老舗であることが多いです。

 

「御菓子司」が上菓子を扱っている目印である!

 

では、上菓子ってどこで扱っているの?と疑問が出てくるかもしれません。
インターネットで検索して探すのでももちろん良いですが、「上菓子を扱ってます」という目印が実はあります。

店名や肩書きに「御菓子司(おんかしつかさ)」と書いてあることです。
・御菓子=上菓子
・司=売る(商売する)
という意味です。

ちょっとした豆知識ですが見たことある人も多いのではないでしょうか。
覚えておいて損はないと思います。

 

上菓子の特徴は?

 

上菓子の肝心の味わいについてご説明しますね。
どんな上菓子も「上品な甘さ、軽やかさ」が特徴であります。
勘の良い人はお分かりでしょうが、元々は上流階級向けの和菓子なので必然的に上品な仕上がりとなっています。
上菓子はお茶会や高級料亭の最後の締めで出されることが多く、お茶や料理の邪魔をしないように軽やかに作るという暗黙のルールがあります。

「上品な甘さ」とは、舌で感じる甘みの余韻が程よいってことになろうかと思います。洋菓子のように強い味わいが主張するのとは対照的です。日本人の奥ゆかしい性格をそのまま反映してるようにも見えて面白いですね。

 

雷に打たれる思いがした和菓子

 

私が和菓子に対する見識が変わった出来事がありました。
2005年のある日、京都にある嘯月(しょうげつ)さんという和菓子店のきんとん(上記写真:中心にはこし餡が入っており周りをこし餡のそぼろで包んでいる上菓子)を食べた時のことです。
約100年ほど続く老舗中の老舗で、もちろん「御菓子司」です。
当時は和菓子に対する認識は良いものはなくてどれも同じでしょ?と思っていたぐらいです。

初冬をイメージして作られているきんとんで、「木枯らし」と命名されています。大地に落ち葉が散っているありさまを繊細に表現していて、美しさに思わず見とれてしまいました。お菓子というよりは芸術品と言っても過言ではないほど。

口当たりが軽く、だんだんとあんこの上品な旨みを感じ、舌の上でサラッと溶けていき最後には清々しい甘味の余韻に浸ることができます。
あんこが涼しげに感じるほどで、実に巧妙な味わいに衝撃を覚えました。
美しい見た目と繊細な味わいが同居する和菓子、本当に傑作でした。

食べている最中に雷に打たれた思いがして、しばし呆然としていたことを今でもはっきりと覚えています。この経験以来、和菓子に対する見識が変わり、いろんな和菓子を食べるようになり、和菓子のいろんな魅力も認識できました。

こんな経験は滅多にできることではないですが、もし経験できれば今後の人生における和菓子との付き合い方が間違いなく変わると思います。

 

まとめ

和菓子の魅力を少しでも伝えたくてコラムを書きました。
皆様の身近にも雷に打たれるほどの衝撃的な和菓子が存在するかもしれませんので、探してみると新たな魅力に気づくかもしれません。
和菓子が苦手な方は嫌いなままでいるよりは、上菓子を試してみてはいかがでしょうか。何か新しい発見があるかもしれませんよ!

次回は有楽町界隈の和菓子店を取材したいと思います。

 

平原 幹也(ミッキー)
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男性も気軽にクレープを楽しめる「 PÄRLA」(パーラ)東急プラザ銀座店

 

スイーツ男子って最近増えていると思うのですが、一人でスイーツを食べに行く
ことに抵抗があるって人いますよね?
ちょっと恥ずかしいというか、独特な雰囲気に飛び込む勇気がないみたいな。

しかしそんな理由でスイーツが食べられないなんて実にもったいない!

そんな悩みを解決すべく、男性にもお気軽に訪問できる絶品のスイーツ店をご紹介
しましょう。もちろん女性にもうってつけですよ。

 

男性も臆せず入れる!PÄRLA(パーラ)東急プラザ銀座店

東急プラザ銀座の1Fの裏通りにあります。モダンな佇まいで実に素敵。

こちらのお店はクレープ専門店となっていますが、巷に売っているようなクレープとは一線を画する素晴らしいクレープが頂けるのです。
PÄRLAのスタッフの方にお話を聞くことができましたのでご紹介します。

 

PÄRLA(パーラ)をオープンした理由

「原宿などにあるような若い方がよく食べるクレープが今も昔も変わってないことに疑問を抱いていました。もっと美味しくて満足度が高いクレープが食べたいという好奇心から、外苑前にオープンし、2016年3月に東急プラザ銀座に2店舗目を展開しました。
男性でも気軽に入ることができる店を作りたかったというのも理由の1つです」
(株式会社ドロム 林 耕太郎様)

 

クレープへのこだわり

クレープの根幹である「生地」にこだわっています。米粉を混ぜ合わせた生地は、焼くともっちりしながらも軽さもあって飽きない食感がくせになります。
皮ごと砕いたナッツやラム酒を入れることにより、良いアクセントや風味が加わって実に大人っぽい味わいになるのです。

生クリームにもこだわっていて、乳脂肪分47%の濃厚な純生クリームを使用することにより、インパクト絶大でかつ、後味すっきり。
生地、生クリームの個性が強いので、合わせる具材もフレンチの手法で手作り。全てを組み合わせると「PÄRLA」クレープの完成となります。

こだわりのある大人っぽいクレープ、早速レビューしてみましょう。

 

限定メニューも!旬のフルーツが楽しめるクレープメニュー

価格を見ると一般的なクレープの数倍はするので最初は怯んでしまうかもしれませんが、食べたら価格に納得するはず。季節限定クレープもあり、どれも見逃せません。

 

プリン・ア・ラ・モード(1400円)

子供の頃に誰しもが憧れたプリン・ア・ラ・モードがクレープになっているとは驚きです。見た目もインスタ映えしそうなほど可愛らしく心踊ります。

プリンは手作りで甘さ控えめ、カラメルの苦味が大人っぽい味わい。生地からはラムの風味も漂い、生クリームの濃厚さと相まって実に上品なプリン・ア・ラ・モード、いやクレープでございました。
大の大人が夢中になって食べてしまう美味しさでした!

 

季節限定!ピスタチオ・黄色の果実(1400円)

こちらは季節限定のクレープ。2017年は6月~材料がなくなるまでの期間限定商品。

ピスタチオのクリームに砕いたものもかかっていて、ピスタチオの濃厚な脂肪分の旨みがガツンと楽しめる。マンゴーの酸味がピスタチオにバッチリ合い、初夏らしさを感じるクレープでした。

レモンマートル蜂蜜も入っていて、清涼感が加わってピスタチオとうまく調和していたのも印象的でしたよ。

ゲットしたクレープは店先のテーブルで食べても良いですし、向かいの数寄屋橋公園のベンチで食べてもOK。人通りがあまり多くないので、人目が気になる男性の方でも大丈夫ですよ。

 

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