有楽町を象徴するシンボルタワーとしても知られる「有楽町マリオン」。待ち合わせ場所として利用する人も多く、その名を耳にすれば誰もが「あそこね!」と理解できるほどおなじみです。でも、その名の由来や歴史など、知らないことだらけ。そこで有楽町.TODAYでは、有楽町エリアの歴史をピックアップ!今回は「有楽町マリオン」。紐解く内に、意外な事実が判明しました。
「朝日新聞東京本社」「日劇」「邦楽座」の跡地に完成した「有楽町マリオン」
多くの人が『マリオン』と呼ぶ「有楽町マリオン」。この名称は通称で、正式名称は「有楽町センタービルディング」。複数の店舗や施設から成る複合商業施設です。
もともと「朝日新聞東京本社」や「日本劇場」(日劇)、「邦楽座」が軒を並べており、朝日新聞は1980年(昭和55年)に築地に完成した新社屋に移転、日劇は劇場としての歴史を「TOHOシネマズ日劇」に受け継ぐ形で、1981年(昭和56年)老朽化により閉館。また、邦楽座も日劇と同年、老朽化を理由に閉館しており、その後、現在の有楽町マリオンの竣工と同時に「丸の内ピカデリー」として再開場を果たします。
「有楽町マリオン」の『マリオン』は建築用語!その意味とは?
有楽町マリオンとしてリニューアルする前のビルは、「銀座和光」やDNタワーとして生まれ変わる前の「第一生命館」、「農林中央金庫有楽町ビル」を設定した渡辺仁によるもの。当時としては画期的な建築様式を採用し、4,000人収容の日劇の大劇場として構想されたことから、外観正面を弓のように湾曲させ、広い舞台やアールデコ調の内装など、同氏が手がけた現存する建築ビル・銀座和光を彷彿とさせるモダンなデザインでした。
初代のスピリッツを受け継ぎ設計されたともいわれる現在の有楽町マリオンは、同じく弓のような流線が美しいビル構え。設計・施工を竹中工務店が担当しました。
実は、『マリオン』は、建築用語。外壁を構成するカーテンウォールの窓と窓などを仕切る縦枠材を『方立て』と呼んでおり、この『方立て』を意味する『マリオン』と、地名の有楽町をあわせて「有楽町マリオン」と呼ばれるようになったといわれています。
昼夜を問わず美しい姿をみせる「有楽町マリオン」。歴史を知ってから眺めてみると、また違った印象がもてるようになるかも。かつての姿に想いを馳せながら、足を運んでみては。
有楽町マリオン(有楽町センタービルディング)
有楽町today編集部が有楽町についての情報を発信します。